「どうせ聞いてないと思うけど、きみについて話をしようと思う」

 深夜二時、宝石を散りばめたような美しい星空を眺めながら、欄干に腰掛ける。遥か地上から吹きあげてくる排ガス臭い風が私のスカートをひらりと揺らした。

「とても優しい人だった。そしてとても泣き虫だった。でもきみが泣くのは、いつだって誰かのためだった」

 バカみたいに人のことで涙を流したり、怒ったり、安堵したりしていた。自分のことはいつも後回しで、私が原付で転んだだけで顔を真っ青にして来てくれた。案外元気な私を見ると、きみは安堵の涙で顔をぐしゃぐしゃにして。
 あの日、きみは私の運ばれた病院に来たから、学校に遅刻したのを覚えてる? 大事な試験なのにばかじゃないの、なにやってるの、と私は微笑みながら泣きじゃくるきみを叱った。
 来てくれたのは嬉しいけれど、嬉しいけれど。そのせいできみの試験がって、私も泣いてしまった。

「旅行先で子猫を拾って、日が暮れるまで飼ってくれる人を探したりもしたんだよ。でも見つからなくて」

 フェリーの最終便が出る時間になって。きみは鞄の中からセーターを引きずり出して、それで子猫を包んであげた。セーターでぬくぬくと寝息をたてる子猫をなかなかベンチに下ろすことが出来ず、そんな君を私が急かす。
 ねえ、もうフェリーが出ちゃう。帰れなくなるよ。
 するときみはうん、うん、と頷いてようやくベンチに子猫を下ろした。そっと、まるで硝子細工でも扱うかのように。

「きみはフェリーに乗り込んでからもずっと子猫の方を見てた。静かに涙を流しながら」

 どうして泣くの、仕方ないことでしょって私が言うと、きみは笑いながら、生きていけるよね? 生きていけるよね、あの子ならって私に同意を求めた。私がきっと大丈夫と微笑むと、きみは涙を拭って、そりゃそうだよねと笑った。

「それくらいきみは優しくて、泣き虫で、ばか」

 ふわりと髪が風にそよぐ。
 ふわりと君が、何十回目か、何百回目か、何千回目かわからないけれど、また宙に舞う。

「優しいきみが、私は今でも好きだよ」

 きみが血肉でアスファルトにアートを描いた日から、随分と経った。

「もう、死ななくていい。もう、飛び降りなくていい。死んでからも死ぬなんて、ばかじゃないの」

 優しくて、人のことばかりを考えるきみは、優しすぎて、人のことばかり考えすぎて、壊れちゃった。
 ねえ、聞こえる? 私の声。ねえ、耳を傾けてよ。一瞬でもいい。

「もう、きみを休ませてあげてよ。きみは本当によく頑張ったんだよ。だからもういいんだよ」

 頬を伝う涙が顎先から滴るとき、また君は宙を舞った。
 



End.
20130821




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