あなたに私を幸せにする事はできない。
 彼女はそう言って僕の元を去っていった。
 君の幸せとは何か、なんて僕は知っていた。でもそれを行動に移す勇気はついになかった。
 いつか君は命あるものの最高の幸福とは死である、とにこにこしながら言い切った。命あるものはすべて生まれた瞬間から死へと向かうさだめで、死ぬために生きているのだと。死ぬために生まれたのだから、死こそが至極の幸福であり、誰しもが無意識に望むものは死という無。君はそれを花火を眺めているときに言った。

「花火を見ているとき、君は何を考えているの?」
「綺麗だな、って」
「それだけ?」
「うん」
「刹那的な思いだよねそれって」
「まあ確かに断続的……って言うのかな」
「綺麗、と思ったあとは何を思う?」

 少し沈黙してから、僕は君の問いに答えた。

 何も思わない、考えていないと。

 すると君は笑いながら、花火をしているときは幸せかと僕に問うた。僕は勿論だと答えた。

「ね、無こそ幸せ」

 何も思わない感じない、漠然と呆然としている瞬間は無に近い。それは思考零の状態。何にも囚われず、何にも干渉せず、感傷しない。それは傷つくこともしないし、誰かを傷つけることもしない。
 彼女はそれが幸せだという。
 僕と一緒に遊園地や水族館にデートに行くよりも、ベッドで愛を囁きあうよりも、ただそばにいることの幸せよりも、何も思考しないことが幸せだというのだ。誰かのことで悩んだり、愛しいと思うことすら放棄して。

 すべてから孤絶されることが幸せならば、死ぬしかない。
 そう君は言った。そして君は、だから私を殺してと言った。
 僕には出来なかった。愛する人を自分の手で殺めることなど、出来やしなかった。どれだけ最愛の人がそれを望んでも、どれだけそれがその人のためになろうとも、僕には出来なかった。
 君は最期に笑顔で何か言った。でも泣き喚く僕にその言葉が届くことはなかった。それに君は言い終わる前に、微笑みながら、飛び降りた。あと一歩はやければ、僕は君の手を取れたのに。間に合わなかった。

 死が、孤絶が幸せなんて。
 どうして僕は君に愛を教えてあげられなかったのだろう。どうして、僕は君を救えなかったのだろう。こんなにも、こんなにも愛しているのに、どうして。


(顎先滴り落ちる、音)
 



End.
20130727




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